伊藤潤二恐怖マンガCollection (12)『いじめっ娘』『脱走兵のいる家』『父の心』『記憶』『路地裏』『シナリオどおりの恋』『土の中』の7編が収録されている。
表題作になっている『いじめっ娘』は、ふとしたきっかけからいじめ行為をした主人公の女性がそれに快感を覚え、顔を歪ませながらずっとその行為に耽り続ける様が綴られており、幼少期の自分は大人になっても変えられなかったと、また醜い少女に戻りゆく様が表現されている。あるいは、いじめられっ子がいじめられる自分の性質を巧みに利用して人間を被っている綺麗な皮を剥いで復讐劇を成し遂げた結末でもあった。
『脱走兵のいる家』は戦争期を舞台にした話。脱走してきた友人を匿ったことから家族を失った者達の復讐劇で、戦争が終わってもその友人には戦争は終わってない虚構の世界だけをずっと見せ続け、食事の時以外は蔵の中に閉じ込めておくのだが、実はその友人はとっくの昔に自殺しており、道化を演じていたのは、そして、本当の恐怖は……というオチになっている。
『父の心』は、一大で財を築き上げた一家の長たる父親が幼い頃に全く遊べなかった抑圧の反動からくる感情と自分の子ども時代と今の子どもとの対比に耐えられず、とうとう自分の魂で子どもたちの体を乗っ取っていくことになるのだが、結果的に子どもたちと家族、そして自分自身をを死と不幸に追いやっていくという話で、家族における「支配」と「病理」の闇が示唆されていたように感じた。
『記憶』は、美しい容姿の女性が、本当の自分はこんなに美しくないのではないかと不安になり、自分の中で失われている記憶と隠された真実を求めていく話で、衝撃的な事実が突きつけられるが、自分の美しい容姿が本物であるという事の前では些細なことであったという、女性の美への執着の恐ろしさが表現されていた。
『路地裏』は、下宿先で奇妙な声にうなされるようになった主人公が、その謎を解き明かしていく話で、死んだ者達の怨念による加害者へのわかりやすい因果応報の作りになっている。
『シナリオどおりの恋』は、アマチュア劇団に所属する役者の女性主人公が女たらしの脚本家と恋をするが、結局弄ばれる格好で振られ、その現実が受け入れられずに、彼を刺してしまう。キザな彼は自分の事が恋しくなったらと自分の映したビデオと会話用の台本を別れの際に彼女に渡しており、彼女は彼を刺した後にそのビデオを再生するが、あまりにもよく出来たそのビデオの内容と台本に彼女はその世界に入り込んでしまう。瀕死の彼は彼女に助けを乞うが、彼女はビデオの中の彼こそ永久に自分のものであり、決して裏切らない「本物の彼」であるとして、瀕死の彼に止めを刺してしまう。
1989年に発表された作品とのことだが、多くの人が生身の人間との付き合いよりもバーチャルな世界との関係を選ぶようになった現代を予見したような素晴らしいサスペンスホラーだった。
『土の中』は、中学の同窓会で20年前に埋めたタイムカプセルを掘り起こす話が、中学当時にいた不気味な同級生とクラスメイトがみんなして彼女に浴びせた罵倒のエピソードと共に綴られる。そして、タイムカプセルの中には20年前の「思い出」と彼女の恨みが詰められていたという結末になっており、屈辱は時が流れても屈辱としてその存在には永遠に残り続ける、ある種の人間のみっともなさであり、失くしてはいけない自尊心のようでもあり、人であるために人をやめるというところの怖さが印象に残った。